フォロイーにおすすめされていたのに配信を見逃し、なんとかイオンシネマに滑り込みで観に行った作品。ベッドタウンのイオンシネマにこういう作品がかかっているのか!?という未知の世界を知ることができた。
以下、大変大変ネタバレメモです。
とても心に残る映画なので、ぜひ前情報無しで見て欲しい。
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・ラストは見事にミスリーディングされた。
男と駆け落ちは無いとは思いつつ、何にいくのかな?列車?と思う。
ラスト、ルージュを自ら拭うシーンは、ジーンとするよね。
夫から自由を奪われた象徴として、こすり取られる口紅。それを再び自分のために、自分だけの喜びのために塗って、それすらも落として1人の人として選挙に投票する。
その後の歌に合わせたリップシングのシーンまで、完璧な布陣だった。
・娘との関係に乾杯。
先人と後進の象徴としての母娘の描き方が、心に残った。
自分も娘ができたので、母娘の呪いをどうすれば薄めていけるのかというのは直近の大きな課題になっている。
娘から無能と罵られつつも実は行動を起こして娘を守っている母、母を恥ずかしく思いつつもそのサポートを受け取って、最後は母を後押しする娘。
そのどちらの葛藤もありようも肯定している描き方に涙が出そうだった。
母は自分の境遇からなんとか娘を救おうとし、その育ててきた心根が母自身を救う。通常は悪く描かれそうな母世代の強さ、賢さ、懐の深さを丁寧に描き出しているのが、心に刺さった。
なぜ上の世代は声を上げないのか?今の立場を甘んじているの?そういう苛立ちを感じたことのある身としても、やはり共闘すべきシスターフットの相手なのだと慰めてもらえた気がして。
・登場人物が主体的に音楽と関わる。
冒頭に歌われる日常のテーマ、2人で見つめ合ってメロドラマ調、DVシーンでダンスを踊る、逃走の時にアップテンポの現代的な曲で走る、むっむっむっという曲に合わせてリップシンクする・・・
ミュージカルはもちろん曲とともにあるのだけど、登場人物がBGMを自覚してどれほどそれに合わせるのかは映画はとても自由なのだと驚いた。
曲と登場人物が関わるほど、非現実的というか観客の我々に近くなる感じがあるが、その塩梅の調整がとてもうまい。
・着地が現実的
最近ハッピーエンドが受け付けなくなってしまっていて、夢一色ではない現実的な最後のシーンが心地よかった。
主人公デリラの人生は劇的に変わるわけでは無いだろうけど、それでも1人の人間として行動するというただそれだけの小さくて巨大な一歩が、彼女に自分のためだけのブラウスを縫わせ、娘には服ではなく教育を用意し、周囲との連帯によって夫の暴力が弱まるような描写がある。
・DVシーンの恐怖を丁寧に描いていた
DVの暴力というより、その直前の空気感、夫が機嫌を損ねたことを家族が認知し、一気に恐怖と硬直が支配する空気を描くことに焦点が当てられていた。
チョコ、お皿、焦げた鍋など繰り返しシーンを重ねて、恐怖が家庭を支配している様が丁寧に描かれていた。無理矢理セックスによるハネムーン期の自分本位さを数秒で差し込んでいたのとか、皮肉が効いていてとてもよかった。
暴力のダンスシーンがキャッチーだが、それでも説得力があるのは、DVの本質は暴力ではなく恐怖と支配なのだというのを徹底的に描いていたからと思う。
なぜデリラは暴力から逃げ出さないのか?と、観客が安易に思えないようになっていた。
・楽しい!コメディ!!
ここ!全体的には重たい真剣なテーマを描いているのに、コメディテイスト!
観終わった感想は、何やら楽しい映画見たなって感じになる絶妙パランス!駆け落ちの件、爆破の件含めて、コメディ好きなのでたまらんかった。
監督 パオラ・コルテッレージ
製作 マリオ・ジャナーニ ロレンツォ・ガンガロッサ
脚本 フリオ・アンドレオッティ ジュリア・カレンダ パオラ・コルテッレージ
撮影 ダビデ・レオーネ
美術 パオラ・コメンチーニ
衣装 アルベルト・モレッティ
編集 バレンティーナ・マリアーニ
音楽 レーレ・マルキテッリ


