ファン・ホーム@シアター・クリエ

どもども、オリンピックが激アツですね。ケイです。3月のライオンとユーリを凌駕する現実に、限界を超える強さを教えてもらっている。

2月は観に行きたい作品が多いのに、体力も財力も足りずギリギリしている。

そんな中、各方面からのオススメ情報がすごかったために足を運んだファン・ホームが好きな作品過ぎたので、感想を残しておきたい。

FUN HOME

2015年にトニー賞の作品賞、脚本賞、演出賞、楽曲賞、主演男優賞の5部門を受賞している本作品。オフブロードウェイからの公演を重ねての、オンブロードウェイ作品だ。筆者が昨年見てトリコになったディア・エヴァン・ハンセンと同様に作り込まれたドラマが見所だ。

ブロードウェイの観劇記録は以下のブログが詳しいです。
▼GO BROADWAY! GO TO BROADWAY!
「ブロードウェイ版『FUN HOME ファン・ホーム』を振り返る」

演劇色の強い小劇場系のミュージカルだった
原作はアリソン・ベクデル著の同名漫画だ。アリソン自身の自伝漫画が原作だが、ミュージカルでは父と同じ年齢になった43歳のアリソンが、過去を回想する形で物語が進んで行く。

なお、全く予備知識なく観たのだが、そのプレーンな状態ゆえに演出と脚本が楽しめた。もう一度過去に戻っても、まっさらな状態での観劇を自分に激推しするだろう。せっかくの日本語上演なのだ。

予備知識なしの観劇体験

本当にラスト1分までこの作品を受け止めかねていた。

筆者自身の父は、厳格というよりは自由な父親だった。そのため、アリソンとパパの関係性に、感情移入がしづらかったのだ。
自殺した友人への思いという部分では、少し重なる部分もあった。しかし、この10年で自分なりに整理して、穏やかな向き合い方ができるようになった。そのため、アリソンのむせび泣くような「どうして!?」という思いには同じく、入り込みづらかった。

創作物の構成大好きマンのため、途中からこの物語はどういう風に帰結するのだろう?ということが気になっていた。
亡くなった人の真実を知る術はない。アリソンはどうするのだろう?
父からの手紙が発見されるエンドでもなさそう・・・

終わりの曲で全てが押し寄せた

最後の曲は「Flying Away」。子供アリソン、大学時代のアリソン、そして現在のアリソンの3重唱だ。子供時代の曲をベースに、各時代のテーマソングが重なっていく。

パパと飛行機ごっこをして遊んだ子供時代の曲、永別の直前に何か言わなきゃと焦る大学時代の曲、そして過去を回顧して受け止めきれない現在の曲・・・。

その中、主人公アリソンは、父の姿を描いて行く。ここが、あまりに苦しくて涙が出てくる。
しかし、ここでも筆者はまだ胸震えるぜ!!とまでなっていなかった。

途中から見渡すペンシルヴェニア〜♪が連呼される。
や、ペンシルヴェニアに思い入れないよー。なんか、曲が盛り上がってきて、感動しそうで感動しきれないこのもどかしさ

そして、アリソンの最後のセリフだ。

「補足説明。父の上で飛んだ時、時々完璧なバランスが取れた瞬間があった。」

そのままメロディも終わり、終幕となる。
ここで・・・涙がどっぱぁと溢れた。このミュージカルの伝えたかった事をやっと理解し、そこからカーテンコールの拍手もままならないまま、しゃくりあげていた。

平和で楽しい毎日を送ることはとても難しい。
それぞれの家族の形があるので、観客が受け取るメッセージも異なるだろう。

冒頭ご紹介したブログのまとめが素晴らしかったので引用したい。

誰かの想いを共有すること。それこそが『FUN HOME ファン・ホーム』の真髄なのではないかと思います。
原作の冒頭に、アリソン・ベクデルのこんな言葉があります。
“MOM, CHRISTIAN, AND JOHN.
WE DID HAVE A LOT OF FUN,
IN SPITE OF EVERYTHING”
ママ、クリスチャン、ジョンに。
色々あったけど、楽しかったね。

この彼女の気持ちにどれだけ共感できるか。(中略)
心の底から感じられる「悲」と「喜」。ブロードウェイ版『FUN HOME ファン・ホーム』はそれを私に体験させてくれました。

このブログを読んでミュージカルを思い出し、再度駅でぐしゃぐしゃと泣いたのでした(周りの方々には、や、失恋じゃないよ!ミュージカルが素晴らしくてね・・・と言って回りたかった)。

Caption: Every so often there was a rare moment of perfect balance when I soared above him

英語での最後のセリフは上記の通りだ。

最後のセリフの意味

父の上で飛んだ時とは、冒頭に出てきた飛行機ごっこだ。東宝ツイッターではこのセリフと光景がセットで呟かれている。

最後の幕ではこの光景はでてこず、歌詞だけのスッキリとした演出だった。研ぎ澄まされていて、すごく好きなラストだった。

飛行機ごっこをして高く飛び、父と娘が生まれ育った狭くも愛おしいペンシルヴァニアを見渡す、この光景が最後のセリフで一気に空に浮かぶように浮かんできたのた。

ソートン・ワイルダー「わが町」の「ああ、地上よ、あなたはあまりにも美しすぎて、誰も気付かないんだわ」のシーンを思い出した。家族に焦点が当たっているので方向性は異なるが、一気に視野が開けて物語が立ち上がってくる感じが似ていた。

ブロードウェイ版との違い

引用したブログもだが、BW版に思い入れのある方には賛否両論ありそうだ。

ブロードウェイ未観劇の筆者でも、違和感を感じるところがあった。客席が静かなのだ。大学生アリソンが「私、レズビアンなのー!」と叫ぶシーンなど、現地だったら大爆笑なんだろうなぁと感じるところがたくさんあった。
特に前半は、もっと明るい方向に振って盛り上がってもいいのではないかと感じた。
ブロードウェイ版は、もっと双方向に感情のやり取りがある作品だったのだろう。

しかし、初見の筆者にとってはとても理解しやすかった。日本では馴染みがないテーマを、家族に焦点を当てることでわかりやすく伝えてくれる演出だったからだ。作中で描かれているテーマは、ざっと考えただけでも以下の通りだ。

FUN HOMEで描かれていたこと
・家族
・父と娘
・性自認
・自殺

ただし、それぞれについて掘り下げるという作品ではなかった。あくまで主体は家族で、イレギュラーが起こった時に、家族の関係性がどう変化するのか?というのが主題になっていた。

クリエという一方向の箱での上演、観客がノリづらく真面目に受け止める傾向のある日本客席などの、数々の制約があったと思うが、それでも作り手側の本気を感じた作品だった。

Twitterフォローのメガヒヨさんによると、鍵束の表現がメタファーではなく、具体的になっているそうです。鍵の束は同性愛を象徴するアイテムだという以下ブログの解説もあるので、性自認色を薄くしたのが日本版なのかもしれない。

参照:【大原薫の観劇コラム】Vol.6『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』~誰もが共感できる家族の物語を繊細に描く~

演出の小川絵梨子は、新国立劇場演劇の次期芸術監督だ。翻訳劇に定評のあるニューヨーク帰りの演出家だ。過去評判の高い舞台を見逃していた筆者にとっては、初の小川監督作品。めっちゃ好きな感じだった。

次の作品「1984」にも参戦予定だ。原作を読む限り、ディストピアものの極みだ。苦手な機械的な大音量とむごいシーンが想定されるので、今からメンタルを鍛えて準備したい。

※3/4補足:一般発売2/28当日に席完売しています。

舞台ならではの面白さ

今回の作品は、現代から子供時代、大学時代を振り返る回想劇だった。同時進行ができるのは舞台ならではの面白さだ。
特に回想への入りであるオープニングナンバー「It All Comes Back」にあっさりと心を掴まれた。父と娘時代のアリソンがガレージセールをしようと荷物を整理しようとしている。横に現在のアリソンがいて同じものを持っているので回想であることがわかるというシーンだ(このノスタルジー溢れるシーンは泣いた。

またこのナンバーの「(ガレージセールをするのに)パパが必要なの」という歌詞が、そのままエンディングで「パパが必要なの(パパに会いたい)」というダブルミーニングとなってくる計算し尽くされた歌詞だ。

瀬奈じゅんの存在感

あの・・・瀬奈じゅんのファンの皆様、心臓大丈夫だろうか?キュン死にしてないだろうか?

現代アリソンである瀬奈じゅんは、全幕を通じて舞台上にいる。狂言回しとして回想に客観性を持たせるだけでなく、時々「補足説明」と言ってシーンの裏側の出来事を伝えたりしていた。

あの・・・伊達メガネ姿がカッコよすぎやしませんかね。しかも、結構な百面相だった。
小学生の自分と父の姿を見て愛おしそうに目を細めたり、大学生の自分の絵を見てあちゃーとやったり、恋に舞い上がる姿を呆れて眺めたり。
瀬奈じゅんファンだったらずっとオペラグラスを構えていたと思う。

補足説明(caotion)の妙

現代のアリソンは、「カンマ」などもセリフとして読み上げている。これは漫画を描きながら回想しているからだ。そして最終セリフである「補足説明〜」への壮大な伏線なのだということを理解した。

表のセリフなどではなく、注釈、補足説明として淡々と最後のセリフを付け加える脚本にノックアウトされた。

また、父とドライブする最終シーンでは、大学時代にもかかわらず現代のアリソンが父と言葉を交わしていた。20年以上経った今でも、父とどう話せば良かったのか答えが見つかっていない心の痛みが表現されていたと思う。

こう言った演出も舞台ならではだった。だから舞台はやめられないのだ。しばらくファン・ホームにハマりそうだ。

▼同じ小劇場系ミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」の感想はこちら

「ディア・エヴァン・ハンセン」感想@MusicBox Theatre‎1〜全体とキャスト編

2017.11.20