ハイバイ「ヒッキー・ソトニデテミターノ」@東京芸術劇場シアターイースト

どもども、観劇と観劇後の感想サーチがセットが楽しいケイです。インターネットがある時代に生まれてよかった。

ハイバイの公演に行ってきたので、感想を残しておく。
最近、ブロードウェイミュージカルや歌舞伎など夢の世界の住人になっていた。小劇場演劇で現実と向き合って、Oh・・・つらたん・・となったのであった。

▼前回の小劇場演劇はこちら

劇団チョコレートケーキ「熱狂」@東京芸術劇場シアターウェスト

2017.12.31

ハイバイ

劇団名の由来は揺り籠から墓場までを意味する、ハイハイからバイバイまでだ。10年以上かけて特定の作品を再演しながらブラッシュアップしているのが特徴だ。
今回の「ヒッキー・ソトニデテミターノ」についても2012年にパルコプロデュースで演じた作品の、6年ぶりの再演である。世界とうまくやって行けない人の、汚さと苦しさをすくい取る劇が持ち味の劇団だ。男性ファンも多いと思う。

作・演出の岩井秀人の一番の有名作「ヒッキー・カンクーントルネード」の続編という扱いだが、単独でも十分に見ごたえのある作品となっている。

ヒッキー・カンクーントルネードは出版もされている。

▼あらすじ、出演者や解釈についてこちらのブログが詳しいです。
しのぶの演劇レビュー「ハイバイ『ヒッキー・ソトニデテミターノ』02/09-22東京芸術劇場シアターイースト」
いつも演劇を観に行く指標にしている、しのぶさんのブログです。

これぞ演劇

ハイバイのオープニングは毎回さりげない。
作・演出の岩井さんがふらーっと出てきて、素のしゃべりで携帯の電源オフを促す。今回もアメの袋の音についての注意だった。本人は周囲に気を使っているつもりでも、ゆっくりあけるとチリチリ、チリチリという音がうるさい。あけるなら一気にあけて欲しいようなことを言って、ひと笑いを取っていた。

その間に出演者は後ろからゾロゾロと立ち位置に付いていく。岩井さんが今回の作品に触れて、締めの言葉を述べるとそのまま劇はスタートするのだ。

「では、始めます。」

沈黙の後に、男女が会話を始めた。内容から2人は夫婦で、何か訳ありだということがわかる。
ぎこちない会話の後に、大きな物音を立てる舞台上の青年。青年におびえる夫婦を見ることで、引きこもりの息子とその両親の会話であったことがわかる・・・。

この最初の挨拶からのシームレスな劇の始まりに、毎回「あ、演劇。」とちょっぴり感動する(早い。
何か特別なことをするのではなく、会話の積み重ねで場面が立ち現れてくるからだ。

あらすじ
主人公登美男は、元引きこもりで今は独り立ちの支援員をしている。2人の引きこもり男性とその家族の描くことで、引きこもりとは何で、その背景含めてどう向き合っていけばいいのか?という疑問を観客に暗示するようなストーリーになっている。

ひきこもりは正すべきなのか?

社会問題としての引きこもりを扱うのと同時に、ひとの幸福とはなにか?を問われた作品だった。

劇には3人の引きこもりが登場する。各人がどういう人でなんで引きこもってしまったのか、異様な説得力があった。
洗練された脚本と役者を味わえる瞬間。至福。しかしそのリアリティゆえに、話はつらみMAXだ。

彼らは極端に思うが、その悩みは自分を重ねてしまうものも多かった。
人の反応が怖かったり、無言のルールにうまく適用できなかったり、自意識過剰な余り変なことを言ってしまったり・・・。

個人的に印象に残ったのは、古舘寛治演じる中年の引きこもり男性の和夫さんだった。
完璧主義とプライドの高さと、小心者がフュージョンした結果、社会に出ることに不安感を抱いている。社会が設定した既存幸福ルートに、もはや乗ることができないとこぼして絶望し自ら命を絶つのだ。

最後の登美男の行方

「外に出て、いいことがあった?」と聞かれた主人公登美男。
それに対して登美男は「ちょっと行ってくる」とふらっと舞台を出て行き、終幕となる。

ちょっと出て行った登美男はどうしたのか?
筆者自身は、希望的な最後だと感じた。なぜなら、今回の舞台は縁のついた正方形だった。これをプロレスのリンクだと解釈したのだ。引きこもりを捨ててまで取り組みたかったプロレス、そのプロレスの続きが演劇であり、登美男が今ここにいると感じたからだ。

しかし、理解は人それぞれのようだった。このまま登美男は自殺を選んだと解釈していたり、街中に登美男が見えるようだと感想を漏らしていたり・・・。受け取り側の感想が分かれる良作なのだろう。

家に引きこもらなくても引きこもり?

岩井さんのインタビューや作中でも、ひきこもりはアリ、という方向性が示されていた。最後のセリフ直前に、社会に出るのは向いていないから人に任せる、という人物が舞台を横切っていくことでそのスタンスを表現していた。

また、前作「ヒッキー・カンクーントルネード」の小説版中の以下のセリフが印象的だった。

「もう10年間だよ?(中略~登美男の部屋、風呂やトイレのある玄関のほう、そして今自分がいるリビングを指し)そこと・・・あっちと・・・ここだけを10年間入ったり来たりしてるのよ?

「ママは?変わんないじゃん、おんなじじゃん。(中略)ウチと、いなげやと、駅前だけを行ったり来たりしてるじゃん、違う?ねえ。違う?」

うんうん。家と職場と劇場と・・・一人観劇の多い筆者も身につまされるものがある。
程度の違いはあれ、引きこもり気質は各々が持っているし、引きこもりたいことだってあるのだろう。この劇にその引きこもり心をつつかれた。

引きこもりたい気持ちに、新卒一括採用や、いまだに強い家族のモデルケースなどのやり直しが許されない社会構造がコンボを決めると途端に苦しくなるのかもしれない。
引きこもりたいけど、引きこもった瞬間落伍してしまうかもしてない。現実が辛い。

劇中、登美男が外に出ていけないシーンは涙が出た。自分の好きなプロレスがやっていても、外に出るのが怖くて諦めてしまう。彼の心の傷と辛さが押し寄せるシーンだった。

3人の引きこもり
1人目は冒頭に登場したDV気味の青年、鈴木太郎。子供じみて人の感情をまったく汲み取れない、見ていて胸が悪くなるような人物として描かれていた。
2人目は30年以上引きこもっている中年男性、斉藤和夫。完璧主義で、レストランの注文ひとつにも真剣に悩んでしまう姿が印象的だった。この人物は、バイトとして社会復帰を果たす直前に、自殺をする。
3人目は主人公の森田登美男。作・演出の岩井さん自身がモデルのキャラクター。

散らかった舞台

今回の演出では、舞台上が汚かった。開始前から物がごちゃごちゃと置かれていた。話が進むに従い、コンビニの袋や紙屑など、さらに無秩序になっていく。
また、人も常にうごめいていて、セリフも動きながら何かをどけながら言うときも多かった。

脚本上も汚いセリフも多いが、このゴミゴミしていて綺麗になりきれない舞台が人生のようでとても印象に残った。

キャストの魅力

筆者は2013年「て」 「月光のつゝしみ」 、2016年「おとこたち」、2017年「ハイバイ、もよおす」に続いての観劇となる。イキウメと並んで、できるだけ行きたいなぁと思っている劇団のひとつだ。

今回もドストレートな会話劇なので、キャストの演技力命だ。独り立ち支援お姉さんのチャン・リーメイや中年引きこもりの古舘寛治をはじめとして、インパクトのあるキャストばかりだった。もちろん主演の作・演出岩井秀人はもうありのままの姿なのでは?と思うほどの説得力だった。

平原テツ

もー、この方好きなんですけど!と毎回思う。シリアスなシーンでも、コミカルな魅力がある。男たちのマイクパフォーマンスが印象に残っているのだが、今回はクラブのシーンで謎のステップダンスを披露していた。あのシーン見られただけで満足だ。


前回の「大衆演劇のニセモノ」で無駄にたくさんポーズを決める平原テツ。撮影可だったので、めっちゃ写真撮った。

▼前回の小劇場演劇。ヒトラーが主人公。

劇団チョコレートケーキ「熱狂」@東京芸術劇場シアターウェスト

2017.12.31
▼筆者が好きなイキウメの公演感想

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2017.11.05