ナショナル・シアター・ライブ「リーマン・トリロジー」

Lehman

どもどもケイです。話題作リーマン・トリロジーを見てきたので感想を残しておきたい。

3人称の演劇

壮大なドラマと聞いていたので、ドキドキして行ったが、静かで染みるような語りが全編において続く不思議な味わいの劇だった。

元がイタリアのネットドラマということもあるのだろう。登場人物を演じる3人は、「彼は怒った」「彼は夢を見るようになった」「彼はまた勝負に勝った」と自分が演じる人物たちについて3人称のナレーション形式で物語を進めていく。

テレビドラマだとナレーションで、マンガだとト書きで、小説だと地の文で、演劇だと他の人が、と3人称はもちろん本人以外が説明するから3人称と言われているのだ。

これを本人を演じながら、台詞としては3人称という絶妙な距離感が全編にわたって続いていくので、隙なく編集された再現ドラマを見ているような不思議な感覚だった。
しかもそれがライブで、3人で演じているのだ。

瞬間を切り取った演技

最初にああすごいな、とため息をついたのが、サイモン・ラッセル・ビールが港に降り立ったシーン。リーマン・ショックのみすぼらしく丸めた背中から、コンマ何秒かはけて戻ってきた冒頭の部分だ。

「彼は港に降り立った」と言いながら、カバンを持っている。背景の映像が、マンハッタンのビル群から海へと切り替わってはいたが、ほとんどオフィスのセットのままだ。

でも、観客の目には朝もやがかかる港が見えたと思う。

そしてそれ以上に、アメリカに降り立ったヘンリー・リーマンの胸の高まりが、くっきりと見て取れたと思う。ハヤム・レーマンからヘンリー・リーマンへの変わる瞬間を背の高い港の職員とヘンリー自身の落語形式でさっと演じた後で、「アメリカでは全てが変わる」と説明し、しかしその間も高揚しているヘンリーの様子は伝えたままで・・・

役者は専門職だし、才に恵まれた技術を極めた人が演じる作品を見られるのは幸せだなぁと今回も思った。

緻密な生きるメディア

緻密な計算と、長尺全編で役者が演じきるのを見て、幕が降りた瞬間にほーと感嘆の気持ちにならざるを得なかった。「ライブなの?これ?」こんなものを生の舞台で実現しようと企画して、それを作りきるのかと思った。

年末年始にロンドンに行って感じたことだが、イギリスのプロダクションは作り込みが複雑だと思っている(主語がでかい。出はけや照明・音響・セットの切り替えのタイミング、小道具や役者の動き、そして違和感を無くやってのける役者の技量・・・

事前のワークショップの膨大な手間暇を感じるし、「舞台」という概念が自分の持っているものとは全然違うのだなということを実感した。

なんというか、板の上で演じられる物語というよりも、緻密な生きるメディアとして捉えている気がする。繊細に作り込まれた伝統工芸品で、かつ最先端なのだ。

今回も印刷用の紙が入った箱が、階段になり、受付になり、お立ち台になり、、、どうやって組み立てたのだろうかと思う。

サイモン・ラッセル・ビール可愛い

同じ1幕のマイヤー・リーマンが、ポーリーン・ソンドハイムに求婚するシーン。間に挟まったサイモン・ラッセル・ビールがすごくキュートな表情で2人を見比べていて、誰だろう?(お父さんにしては可愛い・・・)と思っていたら、メイドさんでしたね。

子供役など可愛らしさが前面に出るので、観客も毎回可愛いかよ・・・の笑いが起きていた(主観。

そこから子供フィリップと大人フィリップの演じ分けまで一気に突っ走って可愛いだけじゃないのがなんというか、匠の技。前回はシェイクスピア劇だったので、今回との対比も面白かった。

背景映像と音響・照明効果

3人芝居、オフィスのみとシンプルな構成の作品なので、効果もシンプルなのかと(勝手に)思っていたが、むしろ効果てんこ盛りなのも印象的だった。

モンゴメリの小さな町では馬車の音や馬のいななきが聞こえ、ニューヨークのひそひそ声や、列車の轟音など、積極的に風景を描く音も多かった。

また、会社が大きくなるのをビルの高さが伝わる背景映像で表現していたり、証券取引の映像がツイストしていく最後のシーンは楽しいのに気持ち悪いのが視覚的にも伝わってきた。

照明についても、使っている部屋だけスポットライトを当てる、背景映像の空気感を延長するように舞台上に表現されていたと思う。

メタファー天丼

チェス・ザ・ミュージカルで、脚本がアレだとどんなに素晴らしい演出でも、モヤモヤするということを学んだ。

リーマン一族を通じて資本主義を描き出す題材自体ももうなんか目の付け所がシャープだね!(突然の企業広告、という感じだが、会社の発展や社会情勢を毎回何かに例えるのが!最高すぎないか!

リーマン・ブラザーズの発展をカードゲームに、アメリカ大恐慌前の熱狂を綱渡りに、経済再建をノアの箱船に、サブプライムローンの加熱をツイスト・ダンスに。

当時の出来事でメタファーを匂わせて、そのまま説明に入っていく手法。しかも天丼。オタクの好きなやつやー!となった。

個人的にはリーマン・ショックの余波で人生しんどくなってしまった人が周りにたくさんいる世代なので(世界中がそうなのだとは思うが、現代に近づくにつれて配慮されて絶望的な表現や直接的な出来事を挙げることがなかったのも、観ていて胸をなでおろすというか、辛くならない作品でよかったなと思った。

for meなのか?

前評判通りでホクホクしたところと、理系寄りで感情にゴリゴリ訴える作品ではなかったので物足りない部分が同居した感じだった。あと、歴史や経済の勉強になった。15年くらい前に観ていたら、生き方が変わったかもしれないくらい、わかりやすかった(リーマンショック起こっていないけど。

とはいえ、演劇の完成形の1つだと思うし、経済の話で実用的なので万人に勧めやすいと思った(布教のチャンスだ!

ピアノの話や、壁に描かれたサインたちの話など、語り足りないがこの辺で!