ナショナルシアターライブ「橋からの眺め」@シネリーブル池袋

blue_muji

12月〜1月いっぱい、シネリーブル池袋で開催されていたナショナルシアター・ライブ、アンコール祭。
今年は未見作品のコンプリートを目指して、2作品プラス見たことある1作品を観た。

ナショナルシアターライブの作品は、本国イギリスのWEBでも配信が開始した。

しかし、映画館で作品と向き合える上に日本語字幕がつく、この日本のナショナル・シアター・ライブは何物にも代え難い体験だなと改めて思った。

https://twitter.com/ntlivejapan/status/1485059751189041152?s=20

◆ナショナル・シアター・ライブ「橋からの眺め」ページ

作品情報
上映時間:約2時間14分
作:アーサー・ミラー
演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ (2015年ローレンス・オリヴィエ賞最優秀演出賞受賞)
主演: マーク・ストロング

イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出

事前に同演出家の「ガラスの動物園」の配信を観ていたので、同じ家族劇であることもあり相応の覚悟が必要だとは思っていたが、まぁ・・・すごく削られた。

負の方向に良い舞台は、心身ともに健康な時に観にいくに限る。

134分息つく暇なし

まさかの途中休憩無しだったが、緩急ついた演出と、どんどん増していく辛みで最後まで引き込まれて見た。

改めて過去作品を見てみたら通算でナショナル・シアター・ライブを20本弱ほど観ていたが、その中でもかなり上位に食い込む感じで好きだった。

イェルマとかも(苦しくてもう2度と観たいとは思わないが)好きだったので、剥き出し追い詰められる作品を実は好きなのかもしれない・・・。

◆過去作品のラインナップはこちら

関係を炙り出す前半の会話

ギボンズ太鼓(音響効果トム・ギボンズの効果音に対する愛称)の予備知識を得たので、これが噂のデンデンデンデンだ…!!となった。

前半の見せ場っぽいギボンズ太鼓のシーンのやり取りが印象に残った。リビングに登場人物が揃っているのに、車座で座りながらボツボツとやりとりをするシーンだ。

普通に演出すると、ソファや床、階段などにそれぞれを座らせて、普通の速度で会話するようにしてしまいそうな場面だ。

不自然なほど間を置きながら、静かにセリフが重ねられていく。
後半の怒鳴り合いとの対比のシーンであるということが明確にわかる、緩急の緩の部分だった。(ずっと怒鳴り合いだと観ている方が飽きそう)

丁寧に伝える製作側の解釈

また、気をつけてみていると、妻ビートリスの言葉に姪カテリーヌが反発していたり、夫エディが姪カテリーヌへのリアクションは甘かったりなど、ただ座っているだけなのに関係性が透けて見えるようになっている。

各セリフと動機を読み取って舞台上に再構築する工程が演技・演出なのだと思うが、あえてその過程を見せているような面白さがあり印象に残った。

セリフときっかけの分析

先日、演出家ケイティ・ミッチェルの著作「ケイティ・ミッチェルの演出術:舞台俳優と仕事するための14段階式クラフト」を元に劇作について勉強する勉強会に参加する機会を得た。

その中でも印象に残っているのが、ケイティが提示している脚本の解釈術(会話を分解して、各登場人物の反応のきっかけを書き込んでいく方法)はとてもオーソドックスなものだと参加者の方々がコメントしていたことだ。(その脚本へのアプローチ方法を聞いて、そういうものなのか!と目からウロコが落ちていた見る専門の人)

まさにこのシーンで表現されていたことだと、興奮した。

また、このシーンにとどまらず、冒頭、カテリーヌがエディに抱きつく姿がちょっと性的でヒヤリとするように、繊細な関係性をそれとなく読み取れるようにする技術、というか演出のセンスが全体的にグッと来ると思った。

舞台上も観客も血まみれ

ラストへの夫エディのモラハラぶりは、ちょっと目を逸らしながらの観劇になった。

特に最初は姪カテリーヌへの執着だったはずが、途中から優男ロドルフォへターゲットが変わり、最後は兄マルコへの理不尽な怒りへ・・・と移り変わっていく。

理屈や真意なんてなく、ただ支配したいだけ。このエディ役ラフ・ヴァローネの目に光が入っていない演技が、なんともリアルで逃げ出してしまいたかった。
(この恐怖は、映画「テネット」のケネス・ブラナーへ抱いた気持ちに似ている。)

もう無理だ限界だ、と思っていたら、気がついたら舞台上も血まみれだった。
呆気に取られたものの、観ている側のメンタルポイントも瀕死だったので、なぜかみんなで血まみれ!のような爽快感があった。

毎回血糊でずぶ濡れになるのはスタッフもキャストもさぞや大変だろうと余計な心配をしてしまう。

効果音は舞台装置

なんとは無い会話の時にもプワーンプワァーンみたいなシンセサイザー音が鳴っていた。
簡素なセットの余白を埋めるような独特の感覚があって、音響の使い方が面白かった。

ガラスの動物園視聴の時にも感じたが、セットと照明と音響と合わせての作品なんだなと改めて思った。