METライブビューイング翻訳者が聞く!サイモン・マクバーニー《魔笛》ができるまで!

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どもどもケイです。昨年に引き続き、METライブビューイングの翻訳者である庭山由佳さんに、作品の話を聞く機会を得たので、サマリを残しておきたい。

今回のゲストは佐藤美晴さん!ベルリンとウィーンから、時差8時間を超えて日本の舞台ファンに提供された豪華スペースでした。

見逃した方にも朗報!!魔笛は東銀座の映画館「東劇」などでアンコール上映予定だ!

○東劇(東銀座)
2023/9/1(金)14:15、9/7(木)18:30、9/23(土)14:50

○その他
なんばパークスシネマ(大阪)、kino cinema神戸国際(神戸)、ミッドランドスクエアシネマ(名古屋)
9/27(水)、28(木)いずれも11:30

庭山由佳さん経歴
ドイツ語圏舞台芸術の、ドラマトゥルク・翻訳・字幕、制作・ツアーコーディネート、劇評。2018年よりベルリン在住。
2003年世田谷パブリックシアター公演サイモン・マクバーニー演出「エレファント・バニッシュ」の制作助手。
METライブの旧版《魔笛》(テイモア演出)・《ナクソス島のアリアドネ》も字幕翻訳。そのほかオペラ公演・演劇公演の翻訳も多数。
佐藤美晴さん経歴
演出家。オペラや音楽劇を中心に、東京芸術劇場、金沢県立音楽堂、日生劇場、びわ湖ホール、北とぴあ国際音楽祭、NHK音楽祭、ウィーンアルヒェ劇場等で演出している。第23回五島記念文化賞オペラ新人賞(演出)受賞。慶應義塾大学大学院美学美術史学修了。ウィーン大学演劇学科に留学し、ウィーン国立歌劇場、シュトゥットガルト歌劇場、イングリッシュ・ナショナル・オペラ等、ヨーロッパの歌劇場で研鑽を積む。新国立劇場、ハンブルク歌劇場など国内外で演出助手、2019年まで東京藝術大学特任准教授、東京大学先端科学技術センター特任/客員研究員をつとめた。2020年よりウィーン在住。

以下、庭山さんがインタビュアー、佐藤さんがスピーカーとして開催されたスペースの編集版となります。

配給元の松竹(株)とは全く関係ない、ファンミーティングのサマリです。
内容についてはファンミーティング時の発言ですので、参考にする場合は必ずご自身で内容をご確認ください。なお、話の順序等編集しています。(以下お二人の敬称略)
METライブビューイングとは
・NYCのメトロポリタン歌劇場が主催するライブビューイング
・現地映画館などはリアルタイム
・日本では、松竹により字幕がついて1ヶ月前後遅れて、映画館で上映される
・2022/23シーズン最後の作品がサイモン・マクバーニー演出「魔笛」
▷METライブビューイング公式サイトはこちら

▽前回《ナクソス島のアリアドネ》編はこちらから!
【完結編!】METライブビューイング翻訳者に聞く!オペラ映像翻訳のこぼれ話!

【予習編!】METライブビューイング翻訳者に聞く!オペラ映像翻訳のこぼれ話!

サイモン・マクバーニーの魔笛の作り方

2012年アムステルダム初演以降ヨーロッパ各地で上演されており、今回はライオンキングで有名なジュリー・テイモア演出版に代わってMETの2022/23シーズン新制作として制作された。

サイモン・マクバーニーの演出の特徴

庭山
・サイモン・マクバーニーは1983年ロンドンで「コンプリシテ Complicite 」を立上、世界中で活躍している演出家
・私も大学生の際に世田谷パブリックシアター「エレファンント・バニッシュ(原作:村上春樹「象の消滅」)」やロンドン・バービカンシアターの制作助手を務めたことがある
・ドイツのシャウビューネも年1〜2本を上演し続けていたので、リハーサルと新作に携わったことがある
・ロンドン留学中に、今回のサイモン・マクバーニー演出の稽古場についていたということだが、どのようなきっかけか?
佐藤
【ロンドン公演参加のきっかけ】
・10年ほど前の話(オペラ演出を本格的に始めた頃)
・東急財団平成24年度オペラ新人賞、五島記念文化財団による1年の留学
・イングリッシュ・ナショナル・オペラで演出研修した作品はサイモン・マクバーニー演出《魔笛》(英語版)ほか、笈田ヨシ演出《天路歴程(The Pilgrim’s Progress)》、ペーター・コンビチュニー演出《ラ・トラヴィアータ》(英語版)など。

【マクバーニー演出の特徴】
・身体性のみならず、セットの動きや映像や音楽のライブ実況など、総合芸術であるオペラを感じさせる生き生きとした舞台
・実際の稽古開始から2か月間、本番まで進化した
・マクバーニー演出「エレファント・バニッシュ」に以前出演した吹越満のエッセイにある「決めない勇気」

庭山
・演劇では分かるが、オペラでは決めないと指揮者が困ってしまうなどありそう
・どういうバランスか?
佐藤
【決めない演出】
・リハーサルでやったことは最終決定とはしない
・本番直前まであらゆる可能性を試していく
・喜びを持って演じる Play with Joyを合言葉に、いつも新鮮な気持ちで、稽古を進める
・アクターは空気や風になったりと、色々な形を試し続ける

稽古場では歌手と黙役が対等

庭山
出演している黙役はいわゆる助演なのか?普段俳優をしている方が助演につく形か?
佐藤
【黙役俳優の扱い】
・日本語だと助演ということが多い
・英語だとエキストラ(extra)やスーパー(super)、アクター(actor)など、公演によって様々な呼び方がある
・ロンドン公演ではシアター・カンパニー・コンプリシテの俳優も出演していた
庭山
コンプリシテのメンバーも入っていたのはすごい!
佐藤
・創設メンバーもいて、非常にレベルが高かった
・音楽家と俳優が、それぞれの専門を持って共に作っており、お互いに刺激を与えていた

▷イングリッシュ・ナショナル・オペラ版の上演の写真や動画などはこちら

ワークショップを積み重ねてシーンを作成

歌手も俳優も一緒にワークショップを経てシーンを立ち上げていく、演劇的な制作アプローチが取られた演出とのことだった。
以下、ご紹介いただいたワークショップの様子サマリです。

佐藤
オペラは演出家によっても作品の作り方が全く異なるが、サイモンの作り方も非常にユニークでした


アムステルダム初演時のワークショップの様子が分かる動画

ワークショップ例
・演劇のワークショップのように時間をかけたストレッチから入る
・2人1組で体をどこまで伸ばせるか?など色々試す
・最初は照れもあるが、段々とリラックスしてアイデアが出てくる雰囲気になる
佐藤
・歌手とフィジカルシアターに慣れているアクターとが、一緒に組んで体を動かすのはとても新鮮
・歌手の方がトレーニングウェアを着て稽古場に来るも異例
・ロンドンではマックス・ウェブスターが演出補で、彼のリハーサルもとても面白かった
シーン立ち上げ例
・皆で自分の役柄に関係なく、シチュエーションを考えて動いてみる(例:老人をやってみる)
・稽古の最初にワークショップを皆で実施して、その後各シーンのメンバーに絞って作る
・動きの指示は要所要所は演出家だが、点と点を結ぶ作業は歌手が繋いでいく形
 (例:登場は下手からと言う指示はあるが、その後どう進むのか、近回りか遠回りか、変なことをしてみる)
・アイデアは、その前のワークショップで出たものを曲の中に取り入れていくのでスムーズに進む
(例:急にダッシュで走り出す、トラブルが起きて空から雹が降ってきて大変だ!という動きをしてみるなど)
庭山
世界初演はアムステルダムだが、佐藤さんが参加したイングリッシュナショナルオペラ版はセリフや歌詞も英語なので、また状況が異なるのか?
佐藤
・その通り。歌手によっても異なる作品になる。
・マクバーニーの稽古では、初演の舞台を再演でもどんどん発展させていく

視覚面・聴覚面のアーティスト!

今回の魔笛の特徴の1つが、リアルタイムの音響効果と映像だった。

庭山
今回の演出の特徴でもある映像や音響のアーティストは、どう稽古に関わっていたのか?
佐藤
【効果音アーティスト ルース・サリヴァン】
・音響は効果音アーティスト(Foley Artist)のルース・サリヴァン(Ruth Sullivan)
効果音を視覚的に目に見える形で、その場で作り出している


制作チームのインタビュー動画
(METライブビューイングでは日本語字幕付きでみることができる。)

▷ルース・サリヴァンの公式ウェブサイト

庭山
・身近なもので効果音を作り出していた
・METライブビューイングは、映画館で観られるので、サウンドアーティストや、ヴィジュアルアーティストの手元まで見ることができた。

【ハイテクとアナログがミックスされたマクバーニー節】
効果音や映像投影されるイラストはとてもアナログなもの
・高度な技術でアナログの演出を作品に取り入れるサイモンらしさが出ている
・サイモンの作り方を理解しているスタッフとチームワークだからこそできること

オーケストラも演出の一部

佐藤
【魔笛の中で、オーケストラが果たす役割】
・オーケストラそのものを見せる舞台
・オーケストラは通常よりも高い位置に上げられている
庭山
【奏者が舞台上へ登場】
・今回、グロッケンシュピールとフルートは奏者が舞台上へ出てきて演奏する形だった
・METライブでは幕間にインタビューもあった
・ペーター・コンビチュニー演出「皇帝ティートの慈悲」でも同様の観たことがある
・サイモンはどのような形でこのシーンを作ったのか?


フルート首席奏者のS・モリスが舞台上で演奏している様子

佐藤
【オーケストラもワークショップへ参加】
・アムステルダム初演のオーケストラと演出家のワークショップ風景が参考になる
・色々なことを試して、最終的な形になったと思う
・アクターと奏者の垣根を外すように色々な形を試していて、オーケストラも演技に参加している
・通常だとオーケストラと、歌手・役者は別々の稽古の後でリハーサルで合流するので、稽古段階からワークショップをするのは画期的なことだった

サイモン・マクバーニーの演出から受けた影響

庭山
・彼の演出にかかると、ストーリーが無理なく自然に、心に訴えかけてくる
・佐藤さんはその後自身でも魔笛の演出をしているが、サイモン・マクバーニー演出の稽古に参加したことを通じて、得たものはあるか?
佐藤
・自分にとって魔笛は5バージョン演出した縁深い作品
・毎回アプローチは異なり、その時の問題意識を元に演出

【マクバーニー版「魔笛」は現代を生きる私たちのファンタジー】
・現代を生きる私たちが、魔笛を自分ごととして見ることができる舞台
・魔笛の解釈の奥深さを改めて教えてくれた演出

庭山
【セリフ部分に魔笛演出の特徴が反映される】
・魔笛の特徴の1つが「ジングシュピール(歌芝居)」
・歌と歌の間に、演劇のようにセリフでの寸劇が入る
・演出家によってここをカットしたんだ!ここをこう改変したんだ!という手法の違いが見えて面白い

ジングシュピールについては前回《ナクソス島のアリアドネ》で詳しく解説いただいています!

佐藤
・魔笛のセリフは長いので、全編上演されることは少ない
・演出家や脚本家の解釈が出やすい作品
・今回の演出のセリフはインプロビゼーション(即興)のようだが計算されており、非常にリズム感があり、音楽的なテキスト
庭山
・ジングシュピールのセリフ部分は耳コピで翻訳する必要も出てくる
・METの今までのジュリー・テイモア演出「魔笛」も担当した
・同じ魔笛でもセリフの部分は、全く異なるような作品になっている
・セリフを全てカットするような思い切った演出もある
・セリフをカットすると上演時間が短くなるので、時間を気にするお客様も見に来やすいなどのメリットもある

舞台がbelievableになる演出

佐藤
【キャラクターを突き詰めて】
・モノスタトスなどは鋭い視点、新しい見方で作られているキャラクター
・喜劇役者として笑わせようとしているのではなく、本人たちは真面目を突き詰める中で、結果面白いシーンになっている


夜の女王のアリアのシーン

庭山
・パパゲーノや夜の女王など、弱者として表象されている
・どのような演出意図があるのか?
佐藤
【人間を細やかに描く】
・暗い舞台、今回の演出版の登場人物は、皆ギリギリのところに生きている
・装置含めてとてもシンプルな見せ方をしている
・いわゆる豪華絢爛な見た目で楽しめるオペラとは方向性が違うが、人間ドラマはとても美しい
・観客の想像力を広げる、豊かな体験ができる
庭山
オペラファンだけでなく、演劇やオーケストラのパフォーマーやファンが見ても楽しめるような多面的なアプローチだ
佐藤
【俳優たちの活躍も見所】
・まさにそうだ
・あらゆるところに登場するアクターの、身体能力、表現力の高さも見どころ
・歌もセリフも無いが、身体表現そのもので、人間とは何か?を考えさせてくれる
・演出家に振り付けされている訳ではなく、アクター自身がお題に基づいてどう動くか?を積み上げた作り方
・体の中から湧き上がるもので作られているので、説得力がある(演劇の言葉だと「believable」を使う
庭山
・サイモン自身も役者で舞台にも立つ
・そういう人の描く「believable」は、演出のみの人とは違う形になると思う
・本人の身体性も高いので、制作現場自体もサイモン自身も動きながら一緒に作っていく形になるのも特徴だ
佐藤
もっと面白くなるだろうという妥協しないサイモンの姿勢を元に、より良い形を目指して皆が試行錯誤を重ねていくような作り方をしている

ウィーンとドイツの舞台制作事情

冒頭にはウィーン国立歌劇場の夏のイベント紹介や、ウィーンとベルリンの劇場のリハーサル現場や制作の実情などの紹介が行われた。
舞台ファン垂涎の情報でした。

佐藤
【ウィーン国立歌劇場の夏のイベント Open Day!】
・新シーズン最初のプロダクションの準備真っ最中
・スタッフ総出で舞台裏にお客様をお出迎え
・メイクスタッフのメイク体験や、バレエ・合唱・子供向けのワークショップなど様々なプログラム
・オーケストラとの共演など、発表の場も用意
・1日2回制チケット制で完売する人気!

▽2023年Open Dayの情報はこちら!

【リハーサル会場で新制作】
・新制作の場合は、劇場外の広いリハーサル会場を使う
・1か月近くリハーサル(朝10:00〜夕方まで1日中する日も)
・セットも入れる、回り舞台を入れる日もある

【観光地の建物に、実は衣裳部のスペースが!?】
・ウィーン国立歌劇場、アルベルティーナ美術館、王宮が続いている街の構造
・外から見るとお土産屋、中に入ると上の階が劇場の衣裳部の工房になっている
・劇場から2〜3分なので、衣裳合わせなど好立地

庭山
【劇場によって違う演目の入れ替え体制】
・ベルリン ドイツ座は朝7時ごろに転換スタッフが来て転換していた
・他の劇場は夜バラし、朝立て込み専門スタッフが来たりなど様々

【製作工房までが遠いベルリンの舞台事情】
・東駅に大きな工房
・ベルリン3大オペラハウスと、ベルリン国立バレエの共同出資
・大道具のたたき場、保管庫、衣裳・靴の製作所
・距離があるので、ウィーンの状況は恵まれている

佐藤さんの今後の予定

日本では2023年10月に演出作品ヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》が3都市で上演予定だ。

佐藤
《ジュリオ・チェーザレ》はバロックオペラ。ダ・カーポ・アリア(ABA形式になっているアリア)が特徴で、特にAパートに戻ってくる部分をどう描くのか?と言うのが、演出や歌手の腕の見せ所になる。歌唱の装飾があり、演出も加えています。

今回はセミ・ステージ形式でオーケストラの様子も見られるので、バッハ・コレギウム・ジャパンの素晴らしい演奏も楽しんでもらえると思います。

▷記者会見の様子などはこちら
ぶらあぼ「鈴木優人プロデュース/BCJオペラシリーズ第3弾 ヘンデル《ジュリオ・チェーザレ》記者会見」

▷公演情報はこちら
○2023/10/7(土) 15:00〜 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
○2023/10/11(水)16:00〜 東京オペラシティ コンサートホール
○2023/10/14(土)神奈川県立音楽堂

METライブビューイングの今後の予定

全国3箇所でアンコール上映を予定している。予定を要チェックだ!
(再掲になるが、魔笛は東銀座の映画館「東劇」にて2023/9/1(金)14:15、9/7(木)18:30、9/23(土)14:50、なんばパークスシネマ、kino cinema神戸国際、ミッドランドスクエアシネマにて9/27(水)28(木)11:30アンコール上映予定)

▽前回《ナクソス島のアリアドネ》編はこちらから!
【完結編!】METライブビューイング翻訳者に聞く!オペラ映像翻訳のこぼれ話!

【予習編!】METライブビューイング翻訳者に聞く!オペラ映像翻訳のこぼれ話!

(後書き)
今回書き起こしていて、改めてなんと豪華なスペースだったのだろうという思いを新たにしました。開催中にもこれが無料で聞けていいのか!というハッシュタグでの感想をいただいていたが、まさに気持ちは一緒です。
忙しい中スペースを企画・各所へのご連絡・進行してくださった庭山さん、分かりやすく舞台ができるまでのお話をご用意いただきお聞かせくださった佐藤さんに改めて感謝申し上げます。