【予習編!】METライブビューイング翻訳者に聞く!オペラ映像翻訳のこぼれ話!

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どもどもケイです!
4/22(金)〜4/28(木)全国の松竹系列の映画館で放映されるMETライブビューイング「ナクソス島のアリアドネ」。

なななんと!!ドイツ語から日本語字幕への翻訳者である庭山由佳さんに直接インタビューを行う機会を得た。
Twitterのスペース上でオペラ歌いのTJさんと一緒に伺ったお話をご紹介したい。

※2022/5/18まで上記リンクからスペースの録音も聞くことが可能です。

配給元の松竹(株)とは全く関係ない、ファンミーティングのサマリです。
庭山由佳さん経歴
日本大学芸術学部卒業後、文化庁海外研修制度にてドイツ留学。ドイツ座、シャウビューネ、フォルクスビューネのドラマトゥルク部を経て、舞台制作・ドラマトゥルクを務める。翻訳に演劇『メフィストと呼ばれた男』(静岡芸術劇場・神奈川芸術劇場)、演劇『コモン・グラウンド』(東京芸術劇場)、演劇『ファウスト』、METライブビューイング『魔笛』等。日独交流150周年日独友好賞受賞。2018年よりベルリン在住。

ライブビューイング翻訳ならではの難しさ

まず、リアル舞台であるドイツ語演劇の日本公演の字幕と比較して、METライブビューイング翻訳の特殊なところの話を伺った。

METライブビューイング

世界三大歌劇場の1つ、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の名物「The Met: Live in HD」。上演されているオペラを、リアルタイムで映画館で観られるプログラムだ。

松竹が提供しているMETライブビューイングは、この現地映画館での放映をほやほやの直後に日本語訳付きで映画館にて観ることができるプログラムだ。
(余談だが、この映像は更に数ヶ月〜数年後にWOWOWで放映されることが多い。)

現地NY放映日から2週間で準備

今回のスケジュール
事前のリブレット翻訳(約1か月)

現地放映:2022/3/12

数日後、映像入手

約2週間で翻訳脱稿

METライブビューイング:2022/4/22〜28
※あくまで目安です。

翻訳に当たっては、まずリブレット(ト書き、歌手、歌詞など、オペラ公演の楽譜以外の要素を記した台本)を現地放映前に翻訳しておく。

現地放映後、数日して手元に映像が届く。用意した原稿をまず画面に嵌め込む。そこから削ったり、位置を調整することを繰り返して2週間で脱稿するとのことだった。

視野が限定される

METライブの最大の特徴はすでに映像が確定していることだ。
現地の劇場では叶わないズームでの視聴が可能になる一方で、カメラワークはMET側のディレクターが采配している。

どこをズームにするのか?どの角度から映すのか?どのタイミングでカメラワークを変更するのか?などは、予め決まっている映像が上映される。

自由にあちこち観られる舞台と異なり、映像では視野が限られるのだ。

歌っている人物が画面に不在問題

現地の劇場でオペラを観ていれば、誰が歌っているかは一目瞭然である。国内のオペラ舞台の場合は、概ね舞台の左右にディスプレイがあり縦書き字幕が表示されることが多い。
(余談だが、メト現地は各座席の後ろに字幕が表示される。)

しかし、ライブビューイングで度々起こるのが、歌っている人物が画面にいないことだ。違う人物にズームしていたり、装置にカメラが寄っていたり。

画角が途中で切り替わったり変わったり、ズームアウトして途中から歌っている人物が画面に入って来る場合も多い。

画角に入っている人が喋る前提の映画字幕と異なる点である。

曲とカメラのタイミングがズレる問題

また、2名以上で一緒に歌っている場合など、それぞれが歌う歌詞の切れ目と画面の切り替わりがズレる場合がある。

音楽の始まりと、ズームインやズームアウトのきっかけが異なることも多い。

位置の工夫だ!

そのため、表示位置を工夫することで誰が歌っているかを分かりやすく工夫しているとのことだった。縦書きの左右、横書きだけではなく、通常では置かないような右下や左下などの位置にも柔軟に配置している。
どこの誰が歌っているのかを直観的に把握しやすくしているのだ。

表示時間も微調整だ!

加えて、曲と映像がズレてしまった場合は、字幕の表示時間も工夫している。例えば、歌っている人物が画面に入ってくるまで、歌詞をあえて長めに表示するなどをして、観ている側が歌詞と歌手を結びつけて理解しやすく調整しているとのことだった。

二重唱は表示位置で分ける

アリアの他にも、愛のデュエットや、混乱の四重唱など、さまざまな歌詞や旋律が入り乱れた曲がオペラの醍醐味だ。

幸いなことにアリアドネの場合は、別歌詞の二重唱は少なく、また歌っている2名に動きがなかった。そのため、画面の左右に並列でそれぞれの歌詞を表示すれば、各自の歌っている内容を表示分けすることがまだ容易だったとのことだ。

四重唱はリフレインで分ける

作品によっては、4名以上が各々の置かれた立場や嘆きを歌う場合もある。いくつもの歌詞が入り乱れるため、そう、多重唱の字幕は大混乱なのである。

しかし、オペラはほとんどの曲でリフレインが行われることが多い。

メロディーや歌詞が繰り返されるため、1回目はこちらの人物、2回目はこちらの人物かつ縦書きにしてみる、と言ったように繰り返すフレーズごとに表示変更をすることで対応することが多いそうだ。

歌詞の取捨選択もする

場合によっては、映像に合わせて複数の人物が歌っている歌詞から一部を採用、一部を不採用にするケースもあるとのことだった。

セリフが入り乱れるアリアドネ前半は腕の見せ所

アリアドネの序幕は、パトロンの要望に対して作曲家、音楽教師、プリマドンナ、振付家、喜劇役者などが様々な反応をする。

あちこちで、早いテンポで会話がなされるので、翻訳表示も難航したとのことだった。会話に合わせた翻訳表示では人間の動体視力では読み取れない。

加えて、映像に映っている人物とは異なる場所にいる人物が反論していたりすると、翻訳表示を通常位置に出すと、誰のセリフかも判別つかなくなるのだ。

テンポが遅い後半に比べて、前半の序幕はかなりの工夫を凝らしたとのことなので、ぜひMETライブビューイングで堪能したい。

演出・演技に沿った翻訳にする

インタビューの中で、特に興味深かったのが、演出家や指揮者、演者の意図を反映する翻訳を実施している部分だった。

歌詞と違うことが起こる問題

オペラは初演ではない限りは、演出変更がある。アリアドネも初演は1916年だが、METだけでも1988年と1993年の新演出が制作されている(今回のモシンスキー版は1993年初演レパートリーの再演)。

そのため、歌詞と異なることが起こったりする。特に、歌いかけている登場人物が物理的にそこにいない、ということが起こる。

<イメージ>
歌詞:「この屋根の下でたたずむ君を見て、胸が弾む〜」
舞台美術:屋外へ場所変更。屋根がない

代わりに何かをどうにかする派の演出家

演出家によっては違いを全く無視する演出家もいるが、今回のモシンスキーはその違いを演出によってできる限りカバーするように工夫する演出家とのことだった。

周囲の人物や舞台上のアイテムで、なんとか元の歌詞からの違和感を軽減しようとする努力があちこちに垣間見えるので、できる限りその意図を反映するような翻訳としているとのことだった。

※2022年GW頃に、ナクソス島のアリアドネの感想を語り合うスペースが予定されているので、詳しくはそちらでタネ明かしとのことです。

場面に合わせて主語を選択

また、日本語の主語は1人称だけでも、私、僕、俺、我などバリエーションが豊富だ。

どの1人称を採用するかは、リブレットに加えて、歌手の実際の歌唱を見て選択する場合も多い。

歌手のキャラクター作りや、キャスティングの年齢なども勘案して、僕なのか私なのかを違和感なく当てはめていくとのことだった。

強調される単語を冒頭に

加えて、指揮者や歌手が歌うときに、力を入れている部分などは翻訳文の冒頭に持ってくることで、できる限り演者の意図に沿うような翻訳を心掛けているそうだ。

いかに文字数を削り込むか

お話中何度も出てきたのが、いかに文字数を削るか?という点だった。本来であれば、今話しているその瞬間に、その内容が字幕で当たるのが望ましい。しかし、人間の動体視力には限界があるし、独日それぞれの言語の課題もあるとのことだった。

仕上げはいかに削るかの勝負

ライブビューイングに関わらず、翻訳の最後はいかに視認できる文字数にするか、そこまで削るかを苦心するのが腕の見せ所とのことだった。

文字数オーバーの箇所は翻訳ソフトが教えてくれるので、秒数でおさまる文字数ギリギリまで削るか、表示時間を伸ばすか。

原稿を映像に当てはめた仮版を何度も視聴しながら、違和感のある部分をどんどんと修正していく。

ドイツ語と日本語の語順が逆問題

ドイツ語と日本語は主述の語順が逆だ。ドイツ語では結果⇨原因と歌っていても、日本語では原因⇨結果とならないと理解しづらいシーンも多い。

本来なら歌詞に合わせて、結果のみ、原因のみと切って訳す方が映像には沿っている。

原因と結果を2行で表示

しかし、それでは分かりにくい場合は日本語で理解可能な文章にするため、表示時間を伸ばして原因と結果をまとめて表示している。

フレーズをまとめて要約し、2行で字幕を表示するのだ。

1行目と2行目は、実際の歌詞の順序とは逆となっているが、全体を通じては誤訳とならないような落とし所に収めているとのことだった。

敬語入りきらない問題

また、敬語のさじ加減も翻訳の難しさの1つだ。適切な敬語を用いないと、誰が誰に話しているのか不明になってしまうシーンがある。

例えば、劇中で身分が上の人物に歌いかける場合など、タメ語で雑な口調だと見ている側が混乱してしまうことが予想できる。

しかし、敬語にすると文字数は多くなる。ある⇨あります、君⇨あなた、のように敬語で丁寧な口調にすると、字幕のスペースを圧迫してしまう。

主語述語を省略

その場合は、主語や述語の一部を省略して文字数を節約しつつ、対人関係を崩さないような翻訳を工夫しているとのことだった。

<イメージ>
・ここにあります(7文字)⇨ここに…(4文字)
・あなたへ愛を捧げよう(10文字)⇨愛を捧げます(6文字)
上記は分かりやすい独日の違いで、他にも親称2人称Duと敬称2人称Sieなど、日本語に無いドイツ語表現を日本語へ反映するにあたり、作品や演出の意図を汲み取って短い字数の中に収めるように知恵を絞っているとのことでした。

演劇とオペラの舞台翻訳の違い

話している中で、そもそも演劇とオペラの翻訳はどこが違うのか?オペラの中でも、庭山さんが得意とするジングシュピールと呼ばれるセリフがあるドイツ語歌劇の特徴、引越し公演翻訳の舞台裏について、さらに話が深まった。

アドリブの多い演劇

演劇(ストレートプレイ)はアドリブが多い。当日に突然、違うセリフを喋り出したり、日替わりに自由に演じるパートがあったりする。

そのため、海外演劇の日本公演では、字幕のオペレーションは原則翻訳者が実施するとのことだった。
舞台後方の操作卓に照明や音響スタッフとともに座り、字幕送りを翻訳者が手ずから操作するのだ。

アドリブが入る場合は、一度字幕の表示を切って、元の流れに戻ったタイミングで適切な字幕に早送りして、再度表示する作業を実施する。

一晩で修正が必要!

演劇の場合、翻訳していた資料映像から演出変更があることも多々ある。
ゲネプロ(公演直前に実施する本番形式の舞台稽古)で初めて変更が発覚する場合も多い。

用意していた原稿のままでは投影できず、急ぎ修正が必要になる。
その場合、録音から再度文字起こしを実施して修正する。

出演者への裏どりも必須

そして公演当日の朝などに出演者の楽屋を訪ねて、内容が合っているかを確認する必要があるのだ。

キャスト本人がアレンジしている場合が多いので、同じ演出でも役者によって言うことが変わることがある。その裏取りまで翻訳者として実施するとのことだった。

歌詞通りのオペラ

その点、オペラは音楽があり歌詞があるので、歌詞通りに翻訳を表示すれば良い。また、プロンプターがおり、基本的には歌詞の忘れは無い

引越し公演などの当日の字幕オペレーションも、翻訳者ではなく、別の音楽畑出身者が実施することが多いとのことだった。

引用:プロンプターの役割
プロンプター(英: prompter)とは、舞台演劇において、出演者が台詞や立ち位置、所作を失念した場合に合図を送る(プロンプトを行う)ことを役割とする舞台要員(スタッフ)のこと。オペラでのプロンプターは、舞台袖ではなく、中央最前部に設けられたプロンプター・ボックスと呼ばれる90cm四方程度の小区画に配置されることが多い。これはオーケストラ・ピットの最後方、概ねフットライトと横並びに位置し、舞台上に30cmほどの突起となっている。
オーケストラが音楽を奏でる中でも舞台の隅々にまで指示を与えなくてはならないため、プロンプターは通常かなりの大声を出している。
ソリストへの歌詞の指示は実際の音楽の1-2拍前に(普通はフレーズの出だしの歌詞の数音節のみが)行われる。

おまけ:テクスト!

ヨーロッパの演劇では日替わりでレパートリーを上演していることもあり、演劇でもセリフを追っているプロンプターがいるとのことだった。1列目に座り、ペンライトで台本を追っているのだ。
役者がセリフを忘れてしまった場合は「テクスト!(text!)」とセリフを要求し、プロンプターがセリフをささやいて、上演を続けるとのことだった。

例外のジングシュピール

ドイツ語による演劇要素のあるオペラ演目のカテゴリーをジングシュピールと呼ぶ。ジング=sing、シュピール=play、直訳は歌芝居。

ジングシュピールとは
「歌芝居」の意。18世紀後半から19世紀中ごろまでドイツで上演された歌劇の一形体。ドイツ語で書かれ、多くは明るく喜劇的な筋(すじ)をもつ。大きな特徴として、一般のオペラとは異なり、地の台詞(せりふ)が多く用いられる。

庭山さんの専門は演劇のため、依頼されるオペラは、セリフのあるジングシュピールが多いとのことだった。

引越し公演はゲネからが勝負!

ジングシュピールは演劇パートがある。つまり、セリフのみのパートがあるということだ。そしてセリフのみということは、演出によっては変更が出てくる。
オペラにも関わらず、前述のセリフ変更に伴う、至急の修正・確認作業が発生する

<オペラのセリフ改変イメージ>
モーツァルト作曲の魔笛のザラストロのセリフ部分について、長いから省略したり、地名をその土地の地名にアレンジしたり、など。

オペラの引越し公演は、本番直前までの字幕修正が必須とのことだった。基本的にゲネプロからの修正になるので、日付をまたがずに眠れたことは無いそうだ。

あとがき

スペースのトークは、この後もドラマトゥルクの仕事についてなどを教えていただいたが、記事が長くなってしまったので別途まとめたい。

スペースでは素人質問をたくさん聞いて恐縮ものだったが、フランクに話を広げて回答くださった庭山さんのお人柄に大変感謝である。これからのライブビューイング視聴ライフがより深まるお話の数々に、改めてお礼を申し上げたい。スペースの口調はモジモジしていたが、お話の内容に終始興奮しきりだった。

また、翻訳者に話を聞ける機会にビビり倒す筆者の求めに快く応じて、サポートをしてくれた友人のTJさんにも感謝したい。

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