METライブビューイング ケヴィン・プッツ《めぐりあう時間たち》@東劇

リゴレット以来の東劇でした。座席が新しくなっていて、今までの通路側だけ際立ってヘタっていた古い劇場から一転!
広々座席の松竹の本拠地!という感じに。広いし、首痛く無いし、これからも出来る限り東劇で観たい。

※投稿は2023年12月ですが、記事の日時は公開当時のもので投稿しています。

ディーバ3人揃い踏み

ルネ・フレミング、ケリー・オハラ、ジョイス・ディドナートと、ミュージカルもオペラも万年初心者の私でもこの並びで見逃せる訳がない!!と、大変楽しみにしていた作品。

この3人なら鼻くそほじるくらいどうでも良いコメディ恋愛オペラ(これはこれですごく好き)でも絶対楽しいと思うのだが、新作!オペラの新作!!ふー!

そんな期待のハードルを易々と超えて行くような素晴らしい作品だった。

ずっとお地味なジョイス・ディトナート様

私の中では《サンドリヨン》の馬車の馬車に乗ってラスト超絶技巧を繰り出したり、《アグリッピーナ》で皇妃としてメトに君臨したり、派手な演出と共にある方…というイメージが強かったので、終始、ジョイス・ディドナート様が!こんな湿っぽい赤暗い衣装をお纏いになって!という謎の感動があった。

立ち姿だけでもオーラが。
繊細な旋律と彼女たちの苦悩に概ね涙目だったのだが、ラストシーンの3人が一堂に会するシーンでは、なんか込み上げるものがあってもうダメだった(マスクが涙でシミシミ。

特に、主婦ローラと編集者クラリッサを見つめながら歩み寄って行くヴァージニア・ウルフ。
このシーンの感極まったような表情をどう説明すれば良いのか。死の淵で救いを見出すような、歌っていないのに立ち姿だけで胸を打つような。

本来混ざるはずの無い時間が交差する奇跡が、音楽と共にどっと迫ってくる舞台ならではのシーンだと思う。

これまで選べなかった別れ道に進んで行った並行世界の「あり得たかもしれない」自分と、そして過去今未来の様々な女性たちの残像に寄り添ってもらっているような、不思議な温かみがあって、日々の悩みでこんなにも孤独だったのだなぁ、さしてまさかオペラを通じて側にいてもらえるのだなぁとボロボロと泣けてしまった。

ヒロインの死が小道具にならないオペラ

オペラを劇的にするためにヒロインが死ぬ、韓流ドラマに通じるものがあるというのはオペラの授業で最初に習ったものだ。

そのため、ヴァージニア・ウルフが「死ぬのは詩人よ!」と叫んでからのラストは大変感慨深かった。

詩人によって、作品の味付けに殺されてきた女性たち。
この作品では逆に死を拒否して詩人に死のお鉢を譲って、希望を追求して終わる。

そうか、新しいオペラは女性の苦しみをテーマに扱い、救いを描き、小道具的に死を扱うなんて決して無いのだ、そこが新しいのだ…と今まで無意識に傷ついていた心を慰められるようで、そこにも泣けてしまった。

オリジナルキャスト!

ルネ・フレミングの発案というけど、ジョイス・ディドナートだけでなく、各キャストもハマり役だった。

ケリー・オハラは彼女のイメージの強いトラッドな母親役から家庭を捨て、ルネ・フレミングはゴージャスな「ミセス・ダロウェイ」だけど友人を救えずすこし惨めな展開へと、イメージぴったりから少し外れる結末を迎えることで、各人がメタ的に生きてくるというか、最後各人のタイムラインを外れるタイミングの良さが際立ってて、本当オリジナルキャスト最高だぜぇ!!となった。

歌はどう各人にぴったんこカンカンなのか聞き取る技術が無いので…もう1回観たい。夏のアンコール祭行くか、WOWOW登場したら録画しよう。
(後日追記:無事アンコールで観られました。また、映画も観たので感想は別途残しておきたい。)

ずっと涙目

“Mrs. Dalloway said she would buy the flowers herself.”がリフレインする、水面を想起させる照明と人々から、美しい旋律とともにずっと涙目だった。

コーラス(ギリシャ悲劇のように内面を歌う)と群舞(結構攻め攻めで、主役たちの内面を表現)で女性たちが表に出せない声がさざなみのように広がって、なんかそこもグッと来るんだよな。

花と料理道具と本

一方で、それぞれの人物にモチーフを持たせて、それを繰り返し舞台上で表現したという演出は少しカリッとしすぎなのかな?と思った。

ダンスと歌のリンクが良く、オペラとしての完成度は上がっていたと思う。ただ分かりにくくても良いから、もう少し色々なモチーフで例えて欲しかったと思うのは、2023年から観ているからか。
(でもロイヤルのウルフ・ワークスは何やら難しいと思ったクチなので、こんな我が物顔で感想書けているのは分かりやすい演出だったからなのは間違い無い。)

また、時が混じる演出のために3名の背景が書き割りのような板だったのは面白かったけど、一歩間違うとドラマのセットのようなチグハグな雰囲気になってしまうので、ライブビューイングと現地の見え方は全然違うのだろうなと思った。

お金

合唱とダンサーの衣装は現代でお金がかかってなさそうに見えて、水の波紋の染めが施されていたり、相変わらずすごい人数が出てたり、こんだけの異種格闘戦の新作が1作品としてまとまってたり、相変わらず贅沢な舞台だった。

手を変え品を変え、女は歩く子宮袋だということを伝えて来る政府に気力をゴッソリむしり取られる気持ちだったが、メト様が、そしてそこに関わる人たちが本気でこの作品を繰り出してきたことにとても勇気をもらえた。

円盤欲しいよー!