息子を持つ科学者の姉アリスと娘を産み失ったジェニー、姉妹の関係を軸に、女や母、娘が抱える生きづらさと希望、シスターフッドを描いた作品。
同時テーマとして科学も扱っており、ボソン(BOSON)という粒子の擬人化による狂言回しのシーンが挿入され、また登場人物たちが度々科学的な内容に触れる。
細胞や病原菌、宇宙空間のあり方が人間模様と重ね合わせて観客に伝わるような作品になっている様子は、ままごと「わが星」とコンセプトが近いと感じた。
蚊=人間
タイトルの「蚊たち」は、姉妹や取り巻く人々の議論や口論、関係を蚊に見立てたもの。
姉妹の母の「宇宙などの科学現象を壮大に捉えがちだけど、実際は蚊がチュッとぶつかるようなもの」というセリフが出てくる。
また、アリスの恋人の「蚊が酷い病気を媒介する」というセリフも登場し、最終的に登場人物たちが起こすことにも象徴されている通り、小さい蚊がもたらす大事、という捉え方もできるかと思う。
加えて、劇中には、宇宙の始まりや終局の様子、「星の現象はとても小さいが、それは非常に遠いから」とちうセリフなど、事象のスケールイメージを巨大〜極小に行き来するようなセリフが多い。
人間関係と社会、苦しみや喜びをミクロにもマクロにも想起させるような巧みな脚本になっていた。
クセになるSF感
宇宙船のような照明やパネルのような吊りものが登場し、機会的な効果音がしばしば入るなど、光や音を使ったSFアニメのような演出が凝っていた。
コッテリしたステレオタイプなSF感だが、少しぶっ飛んだところがあるストーリーなので、妙にマッチしていた。
非現実的な音響効果で観客をリラックスさせ、話の粗ではなく暗喩の見事さに意識を向かせることができていたと思う。
ただ、全体としてSFパートと口論パートが盛りだくさんでお腹いっぱいだったので、もう少しどちらかに絞り込んで描いても良かったのでは。
役者の演技を堪能
舞台自体は円形で装置や小道具も最小限のシンプルなもの。
作品のテーマである人間関係模様を描くため、セリフと演技でド正面勝負!そして大勝利!!
という感じだった。
一本背負いされる感じ。
とにかく役者が上手くて、脚本も上手い(語彙力。
アリスとジェニー、2人の母、息子とこの家族はみんな発達の凸凹が大きそう。そう納得する台本と演技。
そして出てくる捻れが「ああそうなっちゃうよね…」と気持ちいい程だった。
全編に渡り各人なぜそんな言動をするのか、すっと入ってくるし、推察する楽しみに満ちている。
特にジェニー役のオリヴィア・コールマンはユーモア担当と、劇の大黒柱を一手に担う離れ業を披露していた。
達者な役者さんが演じる良い作品を観る瞬間は、本当に幸せだよね。
言ってはいけないことを口走る瞬間
特に、山場でもあるアリスとジェニーの終盤の口論に夢中になった。
娘を病気で失った妹ジェニーに対して、姉アリスはそんなんだから娘を失うのだ、母親失格だと叫ぶ。
妹ジェニーも自分は老いた母の介護を押し付けられている、息子との関係がうまくいかない貴方に言われたくは無いと言い返す。
直前の母親とのシーンで2人が比較され・否定され育った過去が入り、またそれぞれが抱える事情についてお互い全て把握できない状況設定など、台本が巧みmax。
人格なんてない余裕が優しさを作る、というのが持論なので、追い詰められた2人が相手を打ちのめすために口走ること、エゴのぶつかり合いに哀しくも慰められた。
最後の命は希望か?
ラストが希望エンドになっていたのは、少し心地良さを優先していたように感じた。
母から娘へと受け継がれる呪いのようなものだったら(作中の息子の結末が空気になっていたことからも、脚本は母娘を明確なテーマに設定していたと受け取った)、あんなに平和な雰囲気で描かなくても良かったのではないか。
ここら辺は、昨年観た同じルーシー・カークウッド脚本のザ・ウェルキンでは子は男にお腹を踏み潰されて流れるので明確なバッドエンドになっており、そちらの方が好みだと思った。
…と思って脚本を確認したところ、脚本はむしろあっさりお腹に手を置くハッピーましましエンドだったので、映像での手の置き方はほろ苦さを味わえて良い動作だなぁと思うに至った。
この作品はNT at Homeを見る同好会での、人体実験(もとい脚本を読むと劇の理解が促進される勉強会)のテーマ作品だったものだ。
この作品に関わらずですが、幽霊部員を優しく迎え入れてくれる主催のKYOさん、作品選定と勉強会を開いて頂いたhatoさん、そしていつもたくさんの知恵を授けてくださる参加者皆様に感謝いたします。